Tuesday, May 23, 2017

Rashke『カレン・シルクウッドの死』

Rashke, R. L., Miwa, T., & Inoue, R. (1984). Karen shirukuuddo no shi (The Death Of Karen Silkwood). Tōkyō: Shakai Shisōsha.

スルージーはシーハンとデイビスに向かって、最近ホテルに泊まっていた時、誰かが部屋に押し入ろうとした事件について話した。・・・その時シーハンはこれがわなだということに気付いた。・・・彼女が危険にさらされているといわせるように会話を持っていこうとしていたのだ。(p.212)

「組合の役員全員が、嫌がらせを受けていました。ひどい目に合わされていましたよ」
…スミスは答える。「カレンは嫌がらせされました。彼女のボス、ジェリー・シュレーバーが私に話してくれたんです。(p.232)


「従業員が反原発であるかどうか確かめるため、ただポリグラフにかけるだけでなく、他の方法も使っていた、というのはほんとうなんですね?」
「はい、そうです。」
「どういった方法だったか教えてくれますか?」
「面接です・・・一人ひとりです」(p.255)

Sunday, May 7, 2017

Curtis, et al『原子力その神話と現実』

Curtis, R., Hogan, E. R., Takagi, J., Kondō, K., & Aki, Y. (2011). Genshiryoku sono shinwa to genjitsu (An examination of nuclear power's safety, economics, and political record). Tōkyō: Kinokuniya Shoten.

原子力―神話と現実

神話 原子力開発計画で死んだものはいない〕

 カレン・シルクウッドは・・一九七四年の半ばにカー・マギー[プルトニウム製造工場]の安全規則違反行為や不法行為に関するデータ集めを開始した。11月にはデータを集め終え資料を完成していたが、同じ頃彼女のアパートがプルトニウムで汚染していることも判明した。身の危険を感じたカレンは、一九七四年11月13日、UOCAWの幹部と「ニューヨーク・タイムズ」紙の記者に会おうとして出かけたが、約束の時間に現れることなく、メチャメチャに大破した車のなかで死体となって発見された。おまけに問題の資料は忽然と消え、いまなおみつかっていない。・・何者かに追突されたというのが民間の調査機関の結論だった。

・・彼女の遺族はカー・マギー社に対する民事訴訟で、史上最大の補償金二億ドルを最近かちとった。
不幸なことに、以上の例はけっして特異なケースではない。あまりにも多くの人々が原子力の犠牲になって死んでおり、これからももっと多くの人々が犠牲になるであろう。(p.68)


隠れる場所とてなく

  不注意や作為によって放射能の容器が破損して漏れ出すことの他にも・・紛失が起こるし、盗難も起こっているのだ。
・・・ L・グッドマンが六七年に語ったところによると、彼が作った表には当時すでに放射性の燃料カプセル八八本の紛失ないし盗難が挙げられている。


 紛失したものが見つかった例もある。一九六二年の三月、H・エスピンドラという名の少年が、メキシコ・シティの郊外のゴミ棄て場で遊んでいて、ある容器をみつけて、蓋をこじ開けた。なかには放射性コバルトのペレット七個が入っていたが、原子力技術者が以前に失くしたものだったろう。この容器は、エスピンドラの家の飾り物となった。四月一七日におばあさんのO・イバラが、台所のコップが着色しているのに気付いた。二九日に少年は死んだ。母親も七月一九日に死んだ。死因が判明し、カプセルは七月二二日に取り除かれた。しかし、その後も八月一八日に少年の姉が、一〇月一五日にはおばあさんが死んだ。(p.p.127-128)

 
 かつては極秘にされた原爆の製造法も、ずっと昔に公表されている。かつて数年間ペンタゴンの原爆設計・試験計画の責任者であった核物理学者T・テイラーが次のようにコメントしている。「私が最初の原爆を作ったときから、あまりに簡単に出来すぎることが私を悩ませていた」。
・・原爆を持たない国が秘密の施設で、横流しの物質を使って核兵器を作る可能性は、信頼できる筋が既に指摘していることだ。
 大学程度の物理学の知識があれば、初歩的な原爆を作り得ることは明らかだ。数年前、プリンストンの大学生が原爆の設計図を連邦政府に提出してこの点を立証した。(p.p.129-130)


Thursday, May 4, 2017

加藤久晴『原発・テレビの荒野 : 政府・電力会社のテレビコントロール』

Katō, H. (2012). Genpatsu, terebi no kōya: Seifu, denryoku-gaisha no terebi kontorōru. Tōkyō: Ōtsuki Shoten.

関西電力の監視

電力会社側に立って、堂々(?)と報道を監視している局もあった。
1972年当時の関西テレビ(フジテレビ系列)であるが、マスタールームには次のような掲示が、目立つように張りつけてあった。
「左記の三項目のニュースの場合、関西電力は番組提供を行わない。
1. 関西電力を含む電力会社の設備事故。
2. 加害者が関西電力の場合の人身事故。
3. 電力会社が公害訴訟ならびに損害賠償訴訟の被告となる場合。ただし、大阪府の公害対策審議会、関西電力側の公害対策に関する談話は含まない」」

当時、関西電力は、公害反対運動や原発反対運動の対策に頭を痛めていたので、こうした運動を扱ったニュースについては一切の報道まかりならぬ、ということなのだろう。(p.p.84-85)

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なぜ助手のままなのか


記者が聞きにくいことを小出[祐章]氏に聞く。
「なんで先生は助手のままなんですか?」
「ここは京都大学という国立大学の一部なんです。日本政府は原発を推進しているので、国の機関にいる人間が国にたてついているのがあまりおもしろくないのでしょう」(p.208)


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パージされる芸能人


[忌野清志郎は]1988年、『サマータイムブルース』を東芝レコードから出そうとしたところ発売中止を申し渡された。“原発いらねえ、ミルク飲みてえ”などの部分が引っかかったのだ。・・忌野清志郎が亡くなると、たくさんのラジオ局やテレビ局が追悼番組を放送したが、どの曲も『サマータイムブルース』を流していない。(p.p.226-227)

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山本太郎を抑え込む構成


山本太郎は2011年4月9日のツイッターに、「黙ってテロ国家日本の片棒担げぬ」、と書き、反原発の意思表示をしたのだが、そのあと7月から出演予定のテレビドラマを降ろされ・・仕事は宣言以前と比べると10分の1に減った。それでも山本は活動を止めずチェルノブイリにも出掛けた。(p.p.229-230)

久保文明,有賀夏紀編著『個人と国家のあいだ : 家族・団体・運動』

Kubo, F., & Aruga, N. (2007). Kojin to kokka no aida: Kazoku dantai undō. Kyōto: Mineruvua Shobō.

謎めいた死を遂げた原子力発電所の告発者シルクウッド

大企業の恐ろしさと内部告発者が味わう不条理な苦難につき国民的理解の形成を助けるヒロインとなったのは、カレン・シルクウッドであった。
・・・一九七四年九月に、自身の数度にわたる被爆[原文ママ]体験や組合運動との関係もあって、シルクウッドは、自らが働くオクラホマ州の原子力発電所における職場の安全管理がきわめて悲惨なものであることを原子力エネルギー委員会で証言した。・・危険を冒してその証拠を集め、それを持って『ニューヨークタイムズ』の記者に会うために家を出たシルクウッドは、謎めいた自動車事故で死亡するに至った。彼女が携えていたはずの証拠が発見されなかったことは、その死因につき深い疑惑を残した。
(p.140)